当山の御本尊は恵心僧都が三礼しては一刀を用いた入念の作とされる「阿弥陀如来」です。 もともとは清和天皇の曾孫で多田満仲公の護持尊で、清和源氏の系統である南部家代々の守護尊だったのを南部利直公が当山へ奉納されました。 恵心僧都は僧源信のことで、平安時代中期の名僧で「恵心流彫刻」の名が残っているほどの名手だけあり、 高さ36センチ肩幅8センチ袖張り8センチの小さい立像ながら見事な彫をみせています。 普段は秘仏ですが、毎年1月14日、祭礼の日だけ御開帳されます。
この納札は長さ118センチ、幅27センチのもので、三巴紋の下に優雅な筆致で「南無阿弥陀仏」の六字名号が書かれています。 書体は慶長期の風格をよく示し、時宗特有の類稀なる筆致として注目されています。 奥書の銘文は教浄寺中興の祖、南部27利直公が御本尊阿弥陀如来を寄進した際、 安置する本堂が完成する迄これを造事奉行野田内匠直盛が預かっていたことが記されています。
南部利視公自筆のもの。
当山39代越水東住職が南部利視公の代筆をしたもの。
外題は利視公の筆になったもの。
南部利視公の一字三礼の自筆
正保3年(1646)鈴木喜兵衛作
昭和61年4月1日、盛岡市指定文化財に指定。